向井メンタルクリニック

メンタルヘルス徒然草

2016/9/2 金曜日

#23 不眠とアルコール

Filed under: 1.診断の重要性について — mukai @ 10:38:49

ある会社の社長さん。

「寝付きはいいが何回も夜中に目がさめる」とのことでお見えになった。睡眠薬なども他院でもらったがもう一つということであった。

ヨ〜〜クヨ〜〜クお話を伺うと、仕事の関係で、パーティーが多く、どうしてもお酒を飲まなければならない。御本人は、お酒に弱く、頑張って慣れるために好きでもない酒を飲んできた。友人などに酒を飲んで寝たら良いと言われ頑張って飲んできた。最近、特に寝むれないので、やってきた。

この人にも3日でいいから禁酒をお願いした。それでまだ症状が続くようなら睡眠薬の薬にしましょうと提案した。この人も怪訝な顔で何故薬を出さないか?と聞く。

うまくいけば薬なしで

一日目、そんなに変わらないですよ。

二日目、チョット体の軽さ感じますよ、その晩くらいから、よく寝れますよ。

三日目、治りますよ。

それでダメなら睡眠薬、出しましょう、と約束した。

心配というので、少量の睡眠薬を処方した。なんとなく不満そうにその日は帰って言った。

後日、この人の個人秘書さんという人から連絡があり、処方された睡眠薬もなしで、言われた通り、よく寝れているとのお礼の報告があった。

このようなお立場になられると、秘書さんを、通じて結果を報告いただけるのだと、また逆にこのようなお気遣いをする人であるからこのお立場になれたのか、と、ご本人の配慮に感心した。

お酒には血中濃度に関連して興奮期が訪れるため、睡眠の質は悪くなるのである。お酒を飲むと、最初は興奮して騒ぐ、もっと飲むとアルコールの催眠作用で眠くなる。当然体内に入ったアルコールは代謝されて興奮をもたらす血中濃度の時期が、覚めてゆく過程でもあり、眠りは浅くなる。

酒飲みで、不眠でお困りの方、一度でいいからおさけを三日やめてみることを試されたい。

2016/8/22 月曜日

吃音(どもり):逆説志向

Filed under: 1.診断の重要性について — mukai @ 14:38:33

小さい頃から吃音(どもり)で苦労してきた。からかわれたり、真似をされたりした。両親も治そうと頑張ってきた。治そうとすればするほどひどくなった。

自分のような嫌な思いをする人を手助けしようと自分は言語療法士になった。学生の間はなんとか「どもらず」にすませてきた。ところが、いざ吃音の患者さんを前にしてみると、緊張しては自分も吃音が出てしまう。精神科でなんかで治らないと思いながらも、なんとかしなければと藁にもすがる思いでやってきた。

「あのノノの ノノノ・・・・・・・・」「 吃音なんですすすすす・・・・・・・」

そこで、いつもの逆説志向、「思いっきり、どもりましょう」数10分どもる練習をした。

どもろうとすればするほどできない自分に気がついた。

アア、ヨカッタヨカッタ治ったねというと、本人の複雑な表情をする。

何十年の間困っていた吃音が治ったのに、浮かないのである。

自分は何十年も苦労した、吃音の治療だけが言語療法士の仕事ではないが、自分は吃音の治療をするために言語療法士にまでなった。

なんとあっけなく治ってしまったのか。言語療法士になる苦労はなんだったのかと思う。

困った、彼のアイデンティティーが無くなってしまった。吃音の治療は終了したが、なんとなく複雑な気持ちであった。

2016/5/16 月曜日

精神科薬物療法について

Filed under: 1.診断の重要性について — mukai @ 12:34:01

精神科治療は、生物学的・心理学的・社会的側面からのアプローチが考えられる。生物学的には薬物療法、心理学的には精神療法、社会的側面からはリハビリテーション療法が一般的である。しかし治療目標が明確な他科の治療と異なり精神科の標的症状はわかりにくい。本当に患者さんのお役に立てているのか?などと考えてしまうことがある。

昔、反精神医学という理論があった。Wikipediaによれば、これは伝統的な精神医学の理論や治療に批判的な「思想運動」であり、精神医学は社会的逸脱にある種の精神病とラベルを付与する「社会統制」の1形態であるという。簡単にいえば、ちょっと変わった社会になじめない人が「精神病」とされるというのである。こういう意味で統合失調症に関しては「ひとつの生き方・存在形式」であるという人もいる。この思想運動に関連してか精神科医療を扱ったジャックニコルソン主演の映画「カッコウの巣の上で」があった。私より少し上の年代の先生方に馴染み深い思想運動だが、思想的に無色の私も一部「それもそうかな~~」っと、考えさせられるところもあり、精神科医ならば知っておくべき「思想・知識・歴史」である。「精神科など必要ない」という耳の痛~い考えの一つである。

こう言いながらも、精神医学も研究が進み「生物学的な医学の1分野」での市民権が得られてきた。ただ生物学的・心理学的と分類することが正しいのか、心理的動揺・変化があれば、脳内物質の反応が生じることは間違いないのだから。こんな意味で精神医学的治療は薬物療法が中心となっている。患者さんも、お薬なしというと怪訝な表情が返ってくることが多い。向精神薬の多剤・過量処方が問題になる中、無批判に精神科で使われる向精神薬というものが、本当に必要なのか役に立っているのか検証する必要があろう。

1952年のクロルプロマジン、以後1958年のハロペリドール、1957年の抗うつ剤 イミプラミン、1960年 ベンゾジアゼピン系抗不安薬など次々と生物学的基礎仮説にもとづいて精神科薬物療法の基礎が出来上がってきた。

1960~70年代の薬物療法が中心となり始めた頃に、心の病気、特に統合失調症を発症し、以後ずっと服用を続け人たちが80~90歳となってきた。長期にわたる薬物療法の社会学的哲学的観点から「ひとつの生き方・存在形式」である人たちのお役に立ってきたのか、再評価すべき時期が来ている。

2016/1/15 金曜日

アニマルセラピー

Filed under: 1.診断の重要性について — mukai @ 14:52:13

ある女性、職場で対人関係がうまくいかず、会社に行きたくない。朝起きれない。寝ようと思っても会社のことを考えて眠れない、ということでお見えになった。

ある時、子供さんがどうしても犬を飼いたいと言い始めた。結局最後は自分が犬の世話をするのがわかっていたので大反対したが、主人も含め全員が飼うことに賛成したので、犬の世話は子供がすることを約束してを飼うことになった。案の定、数日で子供は飽きてしまい、犬の食事、散歩全ての世話をすることになった。朝起きれない彼女にとって朝早くからの犬の散歩、犬は早くから起きて散歩に連れて行けと鳴く。始めは嫌で仕方がなかった。ご近所の手前もあるので、仕方なく早朝から犬の散歩をするようになった。日課になり、次第に朝から起きれるようになり出し、かえって調子が良くなってきた。生活リズムも整い出し、整えばそれだけ不眠などの症状も楽になり始めた。会社での対人関係は変わらないが、まあまあ、さほど苦労なく会社にも行き始めた。楽になり始めてやっと犬が可愛くなり始めた。

ここで「アニマルセラピー」について考えてみたい。良く言われる「動物の癒し効果」はこの場合、あるのかもしれないが、注目すべきは生活リズムもであろう。目覚ましでも起きれなかった彼女がチャンと早朝から起きて犬の散歩である。「犬に引かれて善光寺参り」である。

これが猫ではどうだろうかと、彼女に聞いてみた。「ダメでしょうね〜」猫は自由に生きているから。

さらに考える。

イルカはどうか?海でプールで一緒に泳ぐわけにもいかない。

それではミミズクはどうか?夜行性である。

薬の治療とか、カウンセリングとか言うけれど、やっぱり多くの病気で、生活リズムは大きな意味を占めるような気がする。

とりあえず朝からちゃんと起きよう!!!

2015/12/7 月曜日

飲酒後うつ病:ポストドリンキングデプレッシオン:二日酔い

Filed under: 1.診断の重要性について — mukai @ 9:27:23

「やあ、久しぶり」何年か前に 当院を卒業した患者さんである。当時は定型的なうつ病でうつ病の薬にもよく反応、経過を見ながら治療終了、卒業した方であった。

どうも最近気分がすぐれない、元気が出ない、夜もしっかり眠れない、寝付くことは寝付くが眠りが浅い、その分日中も元気が出ない。

困ったな。うつ病性障害うつ病の人は、一生に一回のうつ病の気分の波のみで済む人が多いが、中には反復する人たちがいる。今回はもう少し時間がかかるかな、再発の方は一般に初発の場合より時間がかかる。

この人もそうかな?と思いながらも、初心に帰って病気の経過を、確認、聞きなおす。

よ~く、聞けばこの人毎晩多量のお酒を飲む。ビール数リットル、缶酎ハイ数本。チャンと聞き直してよかった。この人には3日でいいから禁酒をお願いした。それでまだ症状が続くようならうつ病の薬にしましょうと提案した。この人も怪訝な顔で何故薬を出さないか?と聞く。

うまくいけば薬なしで

一日目そんなに変わらないですよ。

二日目チョット体の軽さ感じますよ、その晩くらいからよく寝れますよ。

三日目治りますよ。それでダメならうつ病の以前に効果があったうつ病の薬出しましょう、と約束した。

お薬を出さなかったためか、なんとなく不満そうにその日は帰って言った。

予約の1週間後、診察室に入ってくるなり「治った」とのこと。

私思わず、お互いに大声で笑ってしまった。

後は、お酒を呑んだら、数日はある程度はしんどいことを説明し、今回はこれで治療終了した。

昔、酒飲みの医者仲間で、二日酔いを「ポストドリンキング デプレッシオン:飲酒後うつ病」などと勝手に命名していた。酒飲みの医者だからわかる「うつ病」の1亜型。

人生には二日酔いをしてみる経験も必要だ。

なにより「反復性うつ病性障害」の再発でなかってよかったね。

2015/11/4 水曜日

失声症:ストレスで声が出ない

Filed under: 1.診断の重要性について — mukai @ 14:52:28

しっせいしょうとよむ。

失声症とは、心理的要因により声が出なくなった状態。耳鼻咽喉科の領域では「機能性発声障害」とも呼ぶらしい。声を出そうとするが、小さな声しか出ない、無力性の声、自分はチャンと声を出そうとするのに、ソッと内証話をする時のような声しか出せないような状態である。

ある声楽家の方、有名な方らしい。コンサートが迫ってきたので、発声の練習をしすぎた、突然声がうまく出なくなり、小さな声しか出ないということでお見えになった。普通に会話する場合では問題ない。むしろ声は大きいくらいである。それが歌を歌うとなると声が出ない、震える。頑張って大きな声を出そうとすればするほどうまく出ない。

コンサートまであと数日、時間がない。もうちょと、早く来てよと言いたくなる。

ここでいつもの「逆説志向」。この人にはスタッフの前で

「思い切り下手に、音程を外して歌ってください」ということにした。

始め少し引っかかったが数分もかからず

「おかしいな〜?チャンと声がでるわ!」怪訝な顔。

当院で数回、コンサートしてもらって、我々はプロの歌声を堪能させていただいた。我々のためのミニコンサート得した気分、役得です。あと少量の安定剤を少量の処方して、本当に困ったら服用するようにした。

昔学生時代の音楽の時間に、非常に独特の節回し、簡単に結えば「音痴(あまりよい言葉ではないので注意)」の人がいて、コーラスの時間にどうしてもうまく音程が出せない人がいた。音楽の先生曰く、コーラスの中にいて、こんなに全く違う音を出せるのは、よほどの「才能」がないと出来ないと言って、その生徒に「おまえは独特の才能がある」と「ほめていた」を思い出した。

暫くして、彼女から連絡があり、コンサートうまくいった。彼女のブログに、チョットだけ、お礼文章載せたよとのことで、私のブログにも彼女のことを書いてよいと、連絡をいただいた。

光栄です。

流石にご本人の名前は避ける。

2015/10/21 水曜日

定年退職

Filed under: 1.診断の重要性について — mukai @ 10:46:54

「久しぶり〜〜!ヤット無事に定年退職迎えました。その節はお世話になりました。」とご夫婦で挨拶にみえた。にこにこ、さわやかなお顔である。

確かに久しぶり、あれから数年、当院の卒業生の方である。

50歳前半、その人は初診してきた。会社に行くのが、辛くて仕方がないと言って見えた。

会社に出ると息苦しくて、息苦しくて仕方がない。「もう辞める、今すぐ辞める」と言って聞かない。

「とにかく、そういう大切な判断はせず、とりあえず休養を取ってよ〜く考えてみては」と提案するが、辞めると言って聞かない。奥様もお越しいただいて、相談するが「頑固やからね〜」「仕方ないね〜」とニコニコ、なんとも良い奥様、貞女の鏡である。

私もちょうど同年代、大丈夫かいな。私の方が危機感を煽られる。「よ〜く考えなはれ、諸事情、特に経済的に大丈夫かいな〜」と大阪弁でとにかく休養の説得をして、休養していただいた。

こういう場合の大阪弁は耳障りがよい。

休養して、色々と二人で話し合った。

「辞めて何かしたいことあるの〜?」

「ない」

「 趣味あるの?退屈するで〜」

「ない」

「やめてなにしまんのや?」

「ない、なにもせん」・・・・・「金魚に餌やって暮らす」

「何か別の仕事あてあるの?」

「ない」

「まだ年金ももらえんやろ〜?年金まだやろ~!」

「まだや」

「家族どう喰わすの?」

「なんとかなる」「嫁さん仕事してる」

「まだ50代前半やろ〜、世の中がまだ必要としてくれてるんやで〜」

「もういらん」

確かに頑固である。なにか、もう高校時代の友人との会話のようである。

世間話も含め、いろいろ話し合った。仲良くなった、同志になった。中年オジサン同盟。

数ヶ月、やっとこさ、頭が冷えて現実が見えてきた。この間、将来的に、収入のこと、年金のこと、趣味のこと・・・仕事やめての生き甲斐・・・色々とお考えになっていたようである。

「シャ〜ないな、とにかく定年退職までは会社にいくわ〜っ」

ということで数年前に当院卒業した。

そして、やっとこさ、念願の定年退職、年季明けを迎えられたというわけである。

ご夫婦ニコニコと晴れ晴れ、意気揚々と帰って行かれた。奥様も間も無く退職し二人の新しい生活、人生が始まるのである。

大団円、よく頑張られましたね、おめでとう、ハッピ〜リタイアメント!

2015/8/21 金曜日

作業せん妄

Filed under: 1.診断の重要性について — mukai @ 17:40:24

「さぎょうせんもう」と読む。アルコール依存症の人たちがアルコールが身体から抜けて行く際に、うまく醒めずに夢のような状態が続く事がある。人はこのような病気の夢の中でも作業すなわち、仕事をするのである。

前回、「行路者2」の中で触れたおじさん、この人は建設作業がお仕事であったようで、作業せん妄の中で一生懸命仕事をした。一晩かけて病棟のトイレを撤去する作業をした。スタッフも止めてくれたが、やっぱりご本人の「本業」である、夢とはいえ手際が良い。かなりのダメージがあった。

認知症のお年寄りの精神症状に、やはり夜間せん妄というのがあり同様に作業をする。料理、洗濯・・・・・日常の仕事する。

ある先生から聞いた話

ヤクザの人が、せん妄になった。夢の中のような状態、つまり中途半端な意識障害の下であるので、周囲のの状況はっきり分からず、入院しているとは思っていないので、医者、看護師など医療者の言うことなどどこ吹く風、日頃の「本業」である「周囲の人を怖がらせる」仕事をしていた。ある日この人の見舞いに親分がやってきた、親分の一言「コラ〜」で「作業せん妄」は一瞬にして、止まってしまったとのことであった。親分子分の関係は、病気より強いのである。薬よりも強い。

結論;人間は働き者なのである。

2015/7/13 月曜日

血統妄想

Filed under: 1.診断の重要性について — mukai @ 10:19:38

「けっとうもうそう」と読む。

古くからある精神科の病院に行くと、大抵一人か二人かの血統妄想の患者さんがおられる。ご自身が高貴なお血筋であったり、時には天皇陛下ご自身とおっしゃる方もしばしばいる。血統妄想の患者さんに気に入られると「あなたは気に入りました、家来にしてあげましょう」と言っていただけるのである。私は何人もの高貴な方の家来にしていただいた。診察も畏まりながら「ハハァ〜お脈拝見」といって診察をさせていただく。

私がノイヘレン(新人)時代に読んだ本に、ドイツの有名な精神医学者であるクレペリンが書いた教科書があり、そのなかだったと記憶するが、血統妄想の患者さんの話があった。

古く、いつのころからか入院している、老齢の女性、自分はハプスブルグ家のお血筋であるという血統妄想で入院していた人の話である。身のこなし、言葉遣い、仕草はなんとなくそれらしい。結局この人は長期入院の後、病院で亡くなった。遺品の整理をしていたところ、ハプスブルグ家の方しか持っていないはずの紋章入りの品物が見つかったという話であった。妄想、妄想と簡単に結論してはいけないという戒めの話であったように記憶している。

ある時、医局で医員どうしの、先祖の話になった。私の先祖は海賊である。瀬戸内の海岸沿いおよび三重県の海岸沿いに「向井」という地名が点在し「向井さん」という姓の人たちが多い。さらに「向井水軍」という海賊がいたり、また「向井将監」という船手奉行などがいたりする。

こんなことを喋っていたら、ある先生の順番になり、この先生のご先祖は某御大名家の御血筋である事がわかった。やむごとなきお血筋なのである。

この話を聞いて、私は思わず

「エエッ、そしたら先生、この病院の院長は!」といったところ、

その先生

「そうです、アレは     家来です」と大真面目な顔でいうのである。

実は、この病院の院長先生、この某御大名家の御典医の御家系であったのである。

世が世なら、私などこのお二人のお側にも近寄れないほどの方々であった。

ハハァ〜と、「この印籠が目に入らぬか!」の気分で、この私、平身低頭であった。この新しい先生ニヤニヤと笑う、シャレッ気の多い人であった。しばらく机を並べたが、このようなお血筋にしては少々違和感のあるパンチパーマの人だが、確かに物腰、所作、何となく、育ちの良さ、品格、御血筋を感じさせる人であった。

こんな事を病棟でいうとすぐさま薬が増やされたであろう。

精神科臨床も面白いが、現実はもっと  ディープでコユ〜イ(濃い)のである。

2015/5/19 火曜日

好訴妄想

Filed under: 1.診断の重要性について — mukai @ 13:18:34

「こうそもうそう」と読む。

ウィキペディアによれば、「妄想反応の一種で、独善的な価値判断により自己の権益が侵されたと確信し、あらゆる手段を駆使して一方的かつ執拗な自己主張を繰り返すものをいう」とある。(: querulous delusion、: Querulantenwahn)

数十年も前、ある病院に勤めていた頃の話。

今の私くらいの年齢のおじさん、いつも難しい顔をして六法全書を小脇に抱え病棟内をウロウロしていた。なんとなく仲良くなってきて、世間話をしたりしても別に何処に問題があるのかと思っていた。この人のカルテを読むと、過去にはかなりの幻覚妄想があったようである。その時点でも、私には詳しくは話さないがよく観察するとかなりの奇妙な行動もあり、やはりは幻覚があるようであった。これは二重記帳と言って、妄想世界と現実世界をうまく使い分けているのである。まあそれなりの寛解状態である。

ある時、この人とは別の用事で役所の方がお見えになった。そのおじさんはかなりの行政の方の間では有名な方であったようで、この人を見かけて、役所の人曰く「やあ〜久しぶり、元気に訴えてるか〜?」と聞く。

おじさん曰く「元気にやってますわ〜、今度はこの近所の駅前の自転車にしときますわ〜、アハハ」と機嫌よく挨拶を交わす。

どうも、なんの事かわからないので、昔からいる婦長さんに聞いてみた。こういう場合に頼りになるのは婦長さんである。婦長さんや古参の看護師さん達には可愛がってもらっていた。

婦長曰く、そのおじさん、そこら中の駅前の不法駐輪の人を調べては、訴えて回っているという。あれは(訴訟)本人の趣味であるという。なかなかのご趣味である。そこ、ここの、ちょっとした大きな駅に止めてある不法駐輪の自転車を見つけては訴える。役所の人はその事を言っていたのである。

おじさん恐るべし。

確かに、不法駐輪は違法である。しかし、日常において不法駐輪といった程度の違法行為はナアナアで我々は見過ごす事が多いが、この人はあくまで四角いのである。持ち主まで特定して訴えるのはすごいエネルギーである。このように妄想者は非常なエネルギーを持つ。ある意味婦長さんの言う通り「趣味である」。我々は趣味には多大の時間とお金とエネルギーを注ぐ。この場合、法律上は違法の事実、法律関係の方法も正しいので、精神医学的にはこの場合「好訴:妄想」というより「好訴:者」と呼ぶ方が正しいのかとも思う。

別に私が悪いことをした覚えもないが、ちょっとでも機嫌を損ねて訴えられると困るので、私はこのおじさんと仲良くなっていたので、「僕だけは、訴えんといてな〜」と頼んだところ、おじさん「わかった、あんた、何のか気に入ったから、あんたは訴えんといたるわ」と言ってもらえて、ホッとした。私は人事で別の病院に異動になったので、訴訟の行方がどのようになったかは知らない。何しろ、裁判関係は時間がかかるので、もしそうだったとしても、その結末には長くかかったのではないかと思う。あえて後任に結果は聞かなかった。

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