「こうろしゃ」とよむ。いわゆる、行き倒れの人のことである。
最近高齢の方の行方不明が問題になっている。
ある精神科の病院にいた時のこと、中年のおじさんが運び込まれてきた。この人、道で頭から血を流して倒れているところを救急病院に搬送されてきた。どうも喧嘩をしたらしい。一応の検査、治療は行われたが、身元を示すもの何も持っていない、さらには意識はあるのだが、何も話さない。このため身元もわからず、家族にも連絡が取れない。精神疾患が疑われ搬送されてきた。
早速に診察を行う、世間話などはするが、なかなか氏名住所など、ご自身のことについては話さない。別に、幻聴や妄想めいたことを言うこともない。「全生活史健忘」一般的な言葉でいう記憶喪失などを考え様子を見ていた。
鍵のかかる病院にも関わらず、特に驚いたり、嫌がる様子もなくなんとなく、入院生活を送る。そんなこんなで一月も過ぎた頃、次第に馬鹿話にも乗ってくるようになり、ポロリと身の上話をし始めた。氏名 は ??田×男であり、住所も話してくれた。良かった良かったと、早速にその住所に住むという ??田×男のご家族に連絡した。
しばらくして、ナントナント!!?? ??田×男氏「ご本人」から連絡があり、入院中の人物は ??田×男氏とは全く関係なく、心当たりもない。なぜそういうことが言われるか分からず、ご立腹であると連絡があった。
結局、私がこの病院に在籍している間には、この人 ??田×男氏で通した。この先はどうなったかは不明である。
この話を、大先輩の精神科の先生に話していたら、「そんな話、ようある」と言われた。他人の人生を借りたくなるほどに、人にはいろいろあるのである。
特に大阪のような大都会では、種々の事情で身分を明確にしたくない人が多いという。小説のネタのような事が精神医学の臨床には多いのである。
他人の人生を名乗ってしまわざるを得ない、この人の、歩んできた人生に思いをはせる。