逆説志向No3:書痙の精神療法(人前で字を書こうとすると震えてしまう)

書痙(しょけい):人前で字を書こうとすると震えてしまうような症状は、「逆説志向:ギャクセツ シコウ」にうってつけの症状である。

書痙の患者さんは比較的多く当院にお見えになるが多くは数回の逆説志向のセッションを行うと治ってしまう。

簡単、例のごとくに図を書いて患者さんに考えてもらう。

症状:書痙 字を書こうとすると震える ←  ←  ←  ←  ← ← ←

格好が悪い、変な風に見られる

人に見せたくない

隠そうとする、止めようとする
↓ 
また、症状が出るのではないか。(期待不安):不安の増強                                   ↑

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(期待不安がキーワード)

そして、やおら鉛筆と紙を取り出して、意識して一生懸命震えながら、住所や名前を書いてもらう。多くの人は最初の数行は震えるが、2~3行も字を書いているとむしろ震えられない自分を見出す。ついでにカルテを見せて、私の字を見せる私の字のほうがきたない。私は悪筆で有名なのである。ある患者さんカルテを見て「ドイツ語かと思いました」だって、私は、カルテは患者さんにも見てもらってもよいように日本語で書く主義である。

このような逆説志向のセッション、数回1~2週間に1度する。その間に人前で出来るだけ、震えるつもりで字を書く練習をしてきてもらう。多くの患者さんは数回で楽になるという。?薬物療法も多くは緊張がひどいときのみといった処方で済む。

多くの人が数年にわたり困っているという。この治療法は私が好んで利用する、心療科で、これほど劇的な効果がみられるものも少ないからである。

ある患者さんは、あまりに劇的な改善を見て、泣かれてしまった「格好が悪いといって数年にわたって家にこもって出れなかった」。数回セッションで手の震えが止まり「いったい私のこの数年はなんだったんだろう」と泣かれてしまったときには、私もうれしかったがびっくりした。

私は女性に泣かれるのは弱いのである。

ご本人の了解をいただいたうえ、ご本人と同定できない程度に改変してあります。

文献

1)精神医学大辞典(講談社)

2)V.E.フランクル:高瀬博、長瀬順治訳「現代人の病」-心理療法と実存哲学-(丸善)

逆説志向No2:強迫性障害の精神療法 確認、確認、・・・・・

ヨシオ(仮名)さんは小荷物の分類、配達の業務をしてもう何年にもなる、ベテランである。約1年前にチョッとしたトラブルを同僚がしてしまった。担当ということで、たいして関係ないが、彼が上司と一緒にお詫びに行った。

元来まじめで、几帳面な ヨシオ(仮名)さんは、それ以来、自分が間違えて配達したのではないか、気になって仕方がない、自分に自信がなく、分類するのに、ばかばかしいとは思うが4~5回も確認を繰り返してしまい、自分でもたまらない、確認、確認に明け暮れて一日が過ぎてしまう。次第に、家から出かけるときにも「戸締りは? ガス栓は? クーラーは? 水道は?・・・確認が止まらない。何回も繰り返すため、時間がかかって外出できず会社に遅れそうになったことがしばしばである。こんなことなら一度心療内科にでも、というので当院にやってこられた。

「自信喪失性強迫性障害」と診断した。強迫性障害でも種々あるのである。

このタイプの人には「逆説志向:ギャクセツ シコウ」がよく効く。さっそく

「強迫性障害を恐怖し予期不安におびえて、不安から逃れることに腐心し、は強迫に対して不安を強め、強迫観念を抑えつけようとたたかうのであり、不安から逃れようとすればするほど、強迫に逆らえば逆らうほどかえって不安や強迫は強化さる」症状は悪化することを説明。「これに対して、逆の方向に志向しようと努める。・・・もっと不安にもっと強迫的になろうとする。」と楽になると下記の図を見てもらいながら説明した。

症状:(強迫性障害:確認・・・・・・)

↓                                      ↑

変な風に見られる、格好が悪い、人に見せたくない       ↑

↓                                      ↑

隠そうとする、やめようとする                     ↑

↓                                      ↑

また、症状が出るのではないか。(期待不安):不安の増強  ↑

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期待不安がキーワード

治療と経過

「もっと自信を持って、確認するように徹底的に!!確認は最低5回はするように」と指導した。このように非常に逆説的であるので、半信半疑であったが、根がまじめな彼は試してくれた。少量のお薬も使用しながら。

1週後(受診2回目):チョッと楽になってきている、相変わらず確認はしているが「マァ~、シャーないな」と思うと確認回数は減ってきたとのこと。「ちょっと自信ができてきた」とのこと、ここで、当院ブログの「強迫性障害とfail safe」の話を読んでもらうよう話した。

3週後(受診3回目):調子のよい瞬間が増えてきているのがわかる。配達も15階あれば5階まではそんなに確認せずに済んでいる。

5週後(受診4回目)家を出るときの確認が減ってきている。戸締りを5回も確認するのは無駄だと思うようになってきている。お薬は約半分にする。

2月後(受診6回目)「ヤァ~久しぶり」「マアいいか~」「大丈夫だな~」「楽になった」・・・

当院「卒業」に向けてお薬は減量中である。主治医としては、うれしい様な、ちょっとさびしい様な・・・これが本来の医者の任務であります。

この話は、「僕のように楽にる人が知るならば、ブログに書いてもいいよ」と、ご本人の了解を頂いて書いている。ありがたい話であります。先日、見えた時に「まだ載せてないの?楽しみにしてるのに・・」と言ってくれた。ただご本人に迷惑がかからないよう、本人が特定できない程度に変えてある。

男と女 Un Homme et une Femme No2「刷り込み:恋愛の精神病理学的考察」

よし子Aさん(仮名)の表現は興味深く、大変、すばらしかった。うまい、なんとも言えず「男と女」の心の関係を衝いている。了承をいただいて、彼女の言葉を書いている。当然ご本人の個人情報は含まない程度に変更してある。

 前回、古典的な精神病理学では、恋愛は「妄想知覚」か、あるいは「意識障害」に分類される話をした。標準的な精神病理学をかじった人なら、前回の理論構成で「恋愛の精神病理学」は終了する。? 

 一方、よし子Aさん学説は、あの有名な動物学者コンラート ロレンツか、シートン動物記か??

初めてよし子Aさんが当クリニックへ見えたとき、大変機嫌が悪く、「プリプリ、カンカン」怖かった。というのも、付き合っていた男性に別れ話を持ち出され、あまりの腹立たしさに暴れたところ、彼が当院を受診させたのだそうである。?

「まあ~まあ~、そう怒らんと~、数回、頭冷やしに来る~?」の私の言葉に誘われて、何回か当院にやってきてくれた。いろいろと話をする。うち解けてみると、なんと、チャーミングで聡明な人であった。?

数回目のセッションで、? 「私もわかっているんです、あんな男のどこがいいのか、早く離かれたほうがよいのはわかっています。 でもね、先生、あれ(彼)はね、私の初めての男なんです、わかりますか、鳥の雛が孵ると、最初に見たものをズッと親と思い込むんでしょ、それなんですよ・・・{刷り込み:Inprint}とか、いうんでしょ、だから離れられないんですよ~~」。

よし子Aさん、うまい!小説家?動物学者?精神科医??

その後何回か、彼女はやってきてくれた。次第に落ち着いて暴れることもなくなった頃、?

「先生、雛もね、大人になるでしょ、そしたら、巣立ってゆくでしょ・・・私もその時期が来ているんでしょうね・・・・」と笑いながら話すようになった頃、彼女は当クリニックを、卒業というより「巣立っていった」。?

頭のよい人というより、人の気持ちのよくわかる人、中途半端な精神病理学者より「人間通:Menschenkoenner」!すばらしい自己分析・・・・フゥ~ム参った

よっちゃんA、今頃どこを飛んであるのかな~。元気でね!(仮名)

ご本人の了解をいただいたうえ、ご本人と同定できない程度に改変してあります。

男と女 Un Homme et une Femme No1「一目惚れの精神病理学的考察」

 その昔「一目会ったその日から、恋の花咲くこともある、サァ~、パンチでデート」という視聴者参加番組があった。私の友人も出たそうな。
 「一目惚れ」は、古典的な精神病理学では、簡単に、端折って言えば、「妄想知覚」あるいは「意識障害」に分類されるそうである。

 まったく、精神病理学者という人たちは意地が悪い。仲のよい男女の関係を横目で見ながら、腹の中でこんなことを考えているのだから。「妄想知覚」とは「実際の知覚に理由なく一定の意味が与えれるもの:たとえば町で見知らぬ女性を見て自分の恋人であると体験する」(精神医学事典:弘文堂)。

 今回の話に、ぴったりの例が書かれている。それが訂正不能の判断であっても、お互い男と女の睦まじい関係が、ズウッ~と、ズウッ~と持続する場合、これは「恋愛」でもあり「妄想」と呼ぶことが出来る。どちらかがそう思わないときに、片思いということになる。知人のカップルを見ていても、どうしても、どこがお互いをひきつけているのか、他人の目からはわからないことがしばしばある。恋は「モウモク」である。妄想も訂正不能の判断の誤り?である。
?一方で、このような男と女の睦まじい関係が、一定期間過ぎた後、醒めてしまうことがある「夢:意識障害」から醒めるのである。「ハァ~、なんでこんなんに(男)(女)に惚れたんやろう」とため息混じりに、相手の厭なところばかりが、目に付き始めることがある。意識障害から醒めたのである。少し前の言葉で「成田離婚」という言葉があった。夢を見ている時の睡眠は、生理的な意識障害である。

入局したての新人に医局の馬鹿話として受け継がれる類のものである。残念ながら、私の在籍の長かった大学医局では、歴史が浅いためか、こんな習慣はなく、他の大学の親切な先生に耳学問をさせていただいた。精神病理学というとどんなに難しい話かと思うと初めは緊張したが、・・・アハハ・・・おもしろかった。興味津津・・・よく「勉強」した。
?今では、大学医局制度が崩壊し、また酒を飲みながらの、こんな馬鹿話もしなくなってしまった。心の栄養になるような話がなくなった分、薬の治療が増えてしまっているのか?。臨床、つまり患者さんの「お手伝い、お役」にはこんな話のほうが、役に立つのではないかと思うのだが・・・・。